漫画家としての収入が安定してくると、「法人化(法人成り)したほうが節税に有利なのかな」「アシスタントを雇うなら法人のほうがいいのでは?」などと考え始める方は少なくありません。

実際、法人化には節税面・社会的信用・資金調達力の向上など多くのメリットがあります。一方で、会社を維持するコストや事務負担が増えるといったデメリットも存在します。

そこで本記事では、漫画家が法人化を検討すべきタイミング、法人化で得られるメリット、そして漫画家特有の注意点を整理し、後悔しない選択ができるようわかりやすく解説します。

漫画家が法人化を検討すべき2つのタイミング

漫画家が法人化を検討する最適なタイミングには、大きく分けて収入面の基準を満たした場合と事業拡大を目指す場合の2つがあります。

1.年間所得が一定以上を見込めそうなとき

フリーランスの漫画家が法人化を検討する代表的な基準が「所得」または「売上」です。

一般に、課税所得が900万円を超えると、法人化の節税メリットが大きくなり始めると言われています。個人事業主の所得税率が累進課税により900万円で23%から33%に上がるからです。

一方で資本金1億円以下の中小法人の法人税率は、所得金額のうち800万円以下の部分は15%、それを超える部分については23.2%(2025年現在)で一定しています。そのため、税率の差異でメリットを享受できるのです。

また、年間売上が1,000万円を超えるあたりから、消費税の課税事業者となります。法人化すれば経理処理の一元化がしやすくなる、消費税の計算方式や特例(簡易課税など)の選択ができるようになるなどのメリットもあります。

2.事業拡大を考えたとき

漫画家として活動が軌道に乗り、アシスタントを継続的に雇う予定がある、あるいはグッズ展開・YouTube・講演・オリジナルブランドなど複数の収益源を育てたいと考え始めたら、法人化するメリットはさらに大きくなります。

法人は「組織」として信用が高く、出版社や外部企業との契約交渉がスムーズになる場面もあるでしょう。

さらに、法人化することで経理が整理しやすく、売上・原価・人件費・外注費を区別して管理できるため、多角的に活動するクリエイターほどメリットを感じやすい傾向にあります。

とくにアシスタントを複数名抱える場合は、給与計算や源泉徴収、社会保険の加入可否などの管理が必要になるため、法人化によって事務処理体系を整える効果は大きいと言えるでしょう。

漫画家が法人化することで得られるメリット

漫画家が法人化することで得られるメリットとして、重要性の高い3つを詳しく解説します。

資金調達がしやすくなる

個人事業主よりも法人のほうが「事業体」としての信用が高く、銀行融資や補助金申請で有利になるケースがあります。

出版社や制作会社との契約でも、法人名義のほうがスムーズに取り引きできることがあり、継続的な案件を獲得しやすくなる点は大きなメリットです。

とくに、漫画家が利用しやすい制度として、小規模事業者持続化補助金ものづくり補助金などがあります。個人事業主でも申請自体は可能ですが、書類審査の性質上、法人として組織的に事業計画を示したほうが評価されやすい側面があります。

また、事務所移転、制作ツールの導入、スタッフ雇用など、成長フェーズで必要となる資金を調達しやすくなるため、長期的な事業展開を見据えるクリエイターは検討するといいでしょう。

赤字を最大10年間繰り越せる

法人化すると「欠損金の繰越控除」を利用でき、赤字(欠損金)を最大10年間繰り越して、将来の黒字と相殺できます。

漫画家の仕事は、連載準備・機材投資・事務所移転・アシスタント増員など、大きな支出が重なるタイミングが周期的に発生します。そのため、赤字を翌年以降に計画的に活用できる仕組みは、非常に大きなメリットです。

たとえば、ある年にアシスタントを複数名雇い入れ、事務所の家賃や設備投資がかさんで赤字になった場合、翌年の黒字と相殺することで税負担を軽減できます。

個人事業主の場合、赤字の繰越控除は青色申告で最大3年しか利用できませんが、法人なら10年間利用可能なため、創作に必要な投資を柔軟に行える点が大きな違いです。

自身への給与を経費扱いできる

法人にすると、漫画家本人に役員報酬(給与)を支払う形にでき、その給与を法人の経費として計上できます。さらに、個人側では給与所得控除を受けられるため、実質的な節税につながりやすい仕組みです。これは個人事業主には存在しないメリットです。

また、法人化すると厚生年金や健康保険(社会保険)への加入が基本的に必要となり、将来的な受給額や保障内容が手厚くなります。とくにフリーランスが加入する国民年金よりも、厚生年金は将来の受給額が高くなる傾向があり、長期的な生活設計の観点からも大きな利点です。

もちろん、社会保険料の負担が増えるというデメリットもありますが、安定した事業所得を得ている場合は総合的にメリットが大きくなる傾向があります。

漫画家ならではの法人化する際のポイント

漫画家が法人化する際には、一般的な事業者とは異なるクリエイター特有のポイントがあります。ここでは、漫画家がとくに押さえておくべき3つのポイントを解説します。

著作権の帰属先を決める必要がある

法人化の際に最も重要な論点の一つが著作権(印税収入)の帰属先です。

既存の作品について、「個人のまま著作権を保持し法人へ貸与する」「法人へ著作権を移転させる」といった方法があり、どちらを選ぶかで税務処理が大きく変わります。

出版社との契約がある場合は、契約書に「著作権の扱い」「名義変更が可能か」「印税支払いの受取主体」などが明記されているか必ず確認が必要です。移管が認められていないケースも多く、契約書を精査せずに法人化すると、印税を法人で受け取れない・再契約が必要になるなどの問題が生じる可能性があります。

アシスタントの雇用形態を取り決めておく

漫画家が法人化を機にアシスタントを正式に雇用する場合は、社会保険(厚生年金・健康保険)への加入義務が発生する可能性があります。

雇用に切り替えることで労働時間の管理・給与計算・源泉徴収の処理などが必要となり、法人としての体制整備が求められます。

一方、アシスタントを外注(業務委託)とする場合は、インボイス制度への対応が欠かせません。アシスタント側が適格請求書発行事業者でなければ、支払う側(漫画家法人)は仕入税額控除が受けにくくなり、実質的にコスト増につながる可能性があります。

また、業務委託契約の場合は「下請法(2026年1月からは中小受託取引適正化法(取適法)」への配慮も必要で、報酬の支払い遅延などは違法となるケースがあります。

収入に波があると負担が重くなることもある

漫画家は収入の変動が大きい職業であり、法人を維持するための固定費が思った以上に負担となる場合があります。

法人の維持には、社会保険料の負担増、税理士報酬、法人住民税の均等割(赤字でも発生)などが必要となり、売上が落ち込んだ年には経営圧迫につながる可能性があります。

また、法人の利益を自由に個人へ移すことはできず、役員報酬としてあらかじめ設定した金額を受け取る形が基本です。そのため、「儲かったときに自由に引き出す」という個人事業の感覚とは大きく異なり、資金繰り管理が重要になります。

創作活動の波や案件の不安定さを踏まえ、固定費に耐えられる体制が整っているかを検討することが必要です。

まとめ

漫画家の法人化は、節税・資金調達・信用力・社会保障など、多くのメリットが得られる一方、社会保険料や法人維持費といった負担も発生します。

とくに、著作権の扱いやアシスタントの雇用形態など、漫画家特有の論点は事前に整理が必要です。収入が安定し、事業を広げたいと考えている段階に入ったら、一度シミュレーションを行うことをおすすめします。

適切なタイミングや法人化後の収支計画のアドバイスがほしい場合には、漫画家などクリエイターの税務や会計に強い、田中貴久公認会計士事務所までご相談ください。

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