法人化したものの、経理や決算、社会保険などの事務負担が大きく、個人事業主へ戻るべきか悩むクリエイターもいるでしょう。

法人から個人事業主へ戻ることは「個人成り」と呼ばれます。
個人成りには、法人の維持費や事務作業を減らせるメリットがある一方、経費の取り扱いや信用、責任の範囲が変わる点に注意が必要です。

本記事では個人成りについて解説します。

法人から個人事業主に戻る「個人成り」とは?

法人にしたけれど、思ったより事務作業が大変だと悩みを抱えるクリエイターの間で、あえて個人事業主に戻る「個人成り」という選択肢が現実味を帯びています。まずは個人成りの基本的な仕組みと、個人に戻りたいと考える背景について見ていきましょう。

個人成りの概要

個人成りとは、法人で行っていた事業を終了または休止し、個人事業主として事業を継続することです。つまり、個人事業主が会社を設立する「法人成り」と反対の手続きです。株式会社や合同会社を解散・清算するか休眠させ、フリーランスとして事業を再開します。

法人と代表者個人は法律上・税務上ともに別の主体であるため、法人の資産や事業を個人へ移管(引き継ぎ)するには、適切な法的手続きを取る必要があります。

クリエイターが「個人事業主に戻りたい」と考える主な理由とは

個人成りを検討する理由として、売上の減少や変動、インボイス制度導入後の取引環境の変化、経理や決算などの事務負担が挙げられます。

法人では、赤字でも法人住民税の均等割が発生するほか、法人税申告、給与計算、社会保険、年末調整などへの対応が必要です。税理士などへ依頼すれば手間は減りますが、専門家への報酬がかかります。

デザイナー、イラストレーター、動画制作者などは、本人の制作時間が売上に直結します。法人を維持する負担によって創作時間が削られている場合は、個人事業主へ戻ることも選択肢の一つです。

クリエイターが法人から個人事業主に戻る3つのメリット

個人成りによるメリットには次の3つが挙げられます。

維持コストをカットできる

維持コストをカットできるのが個人成りのメリットの一つです。

法人には、赤字で法人税が発生しない年度でも、原則として法人住民税の均等割が課されます。資本金等の額が1,000万円以下、従業者数50人以下の法人では、標準的な均等割額は年7万円です。

一方で、個人事業主は、売上から必要経費や所得控除を差し引いた課税所得をもとに所得税が計算されます。事業が赤字で課税所得がなければ、原則として事業所得に対する所得税は発生しません。

得られる報酬が少なくなっている場合に維持コストを削減できるのはメリットと言えるでしょう。

事務作業・会計処理がシンプルになり、創作に集中できる

個人事業主のほうが事務作業・会計処理がシンプルなので、これらの労力を削減でき、創作に集中できることもメリットの一つです。

法人では、日々の記帳に加えて、役員報酬の計算、給与や源泉所得税の処理、社会保険の手続き、年末調整、法人税・法人住民税・法人事業税の申告など、法人特有の事務が発生します。決算書や法人税申告書の作成も複雑になりやすく、税理士へ依頼する場合は報酬負担も必要です。

個人事業主に戻ると、役員報酬や法人税申告、法人としての社会保険手続きなどが不要になります。基本的には、日々の売上と経費を記帳し、年1回の所得税の確定申告を行う形になるため、会計・税務の管理を簡素化しやすくなります。

法人特有の事務負担を減らすことで、デザイン、撮影、執筆、動画制作など、売上につながる創作活動へ時間を使いやすくなる点は、個人成りの大きなメリットです。

保険料を抑えられる可能性がある

保険料を抑えられる可能性があることも個人成りのメリットの一つです。

法人は、社長一人のマイクロ法人であっても、原則として健康保険と厚生年金保険への加入が必要です。

個人事業主へ戻ると、通常は国民健康保険と国民年金へ切り替えます。職種や所属団体などの条件を満たすクリエイターは、文芸美術国民健康保険組合へ加入できる場合があります。

文美国保は所得に応じて保険料が増える市区町村の国民健康保険とは異なり、加入者ごとに定額の保険料が設定されています。所得が高い人は負担を抑えられる可能性があります。

法人から個人事業主に戻るデメリットと注意点

法人から個人事業主に戻る個人成りにもデメリット・注意点があることを確認しておきましょう。

責任の範囲が「有限責任」から「無限責任」へ

責任の範囲が有限責任から無限責任となるのがデメリット・注意点の一つです。

株式会社や合同会社の出資者は、原則として出資額の限度でしか責任を負いません。一方、個人事業主は事業上の債務や損害賠償について、個人財産を含めて責任を負います。

クリエイターの場合、著作権侵害、素材の無断使用、納期遅延、情報漏えいなどによって損害賠償を請求される可能性があります。

経費の範囲が狭くなる

経費として認められる範囲が狭くなる点にも、注意が必要です。

法人で利用していた役員社宅や出張日当などの節税方法は、原則として個人事業主本人には使えません。

個人事業主が自宅を事務所として使用する場合、家賃の全額ではなく、床面積や使用時間などの合理的な基準によって事業利用分を家事按分します。

また、個人事業主は自分自身へ給与や出張日当を支払えません。出張時は、業務のために実際に支出した交通費や宿泊費を必要経費にします。生活費として引き出した金額は「事業主貸」で処理します。

なお、個人事業主でも青色申告をすることで、最大65万円の青色申告特別控除や、青色事業専従者給与などの税制上の優遇措置を受けられます。一度、法人で利用していた制度との差額を試算してみるとよいでしょう。

社会的信用への影響

社会的信用への影響にも注意が必要です。

法人は、商号や所在地、代表者、資本金などの情報が登記され、会社としての実体を外部から確認できます。また、法人名義の銀行口座や決算書があり、事業と代表者個人の資産が分けて管理されるため、取引先や金融機関から一定の信用を得やすい傾向があります。

そのため、大手企業や広告代理店などでは、継続的な取引や情報管理の観点から、法人であることを発注条件としている場合があります。金融機関の融資でも、法人の決算書や事業実績をもとに審査を受けられるため、事業規模を拡大する場面では法人格が有利に働くことがあります。

個人事業主へ戻ると、法人名義の実績や決算書ではなく、個人の確定申告書や青色申告決算書、所得、事業実績などをもとに信用を判断されます。個人成り直後は、個人事業主としての申告実績がないため、融資やローンの審査で不利になる可能性があります。

法人から個人事業主へ戻るための具体的な4ステップ

法人から個人事業主に戻る際には、実際にどのようなステップが必要か見ていきましょう。

ステップ1:法人を「解散・清算」するか「休眠」するか選ぶ

まず、今ある法人を解散・清算するか、休眠するかを選びます。

解散・清算は、法人の債権や債務を整理し、会社を完全に消滅させる方法です。解散登記や清算人選任登記、官報公告、清算結了登記などが必要で、登録免許税や公告費用、専門家報酬を含めて数十万円かかる場合があります。

休眠は、法人格を残したまま事業活動を止める方法です。将来再開しやすい一方、休眠中も法人税申告や登記管理が必要で、自治体によっては法人住民税の均等割が課されます。

再び法人を利用する予定がなければ解散・清算、将来再開する可能性があれば休眠を検討します。

ステップ2:法人の解散・清算(または休眠)手続きと税務申告

法人の解散・清算の手続きと税務申告を行います。

解散・清算では、株主総会による解散決議、解散登記、債権者への公告、売掛金の回収、借入金や未払金の支払い、残余財産の分配、清算結了登記を行います。

税務上は、解散日までの事業年度や清算中の事業年度について確定申告が必要です。税務署、都道府県、市区町村への異動届も提出します。

法人の機材を個人へ移す場合は、時価による売却などの処理が必要になることがあります。役員貸付金や役員借入金も清算前に整理しましょう。

ステップ3:個人事業主としての「開業届」「青色申告承認申請書」の提出

個人事業を開始したら、税務署へ「個人事業の開業・廃業等届出書」を提出します。

青色申告を利用する場合は「所得税の青色申告承認申請書」も提出します。

その年の1月16日以降に開業した場合、青色申告承認申請書の提出期限は原則として開業日から2か月以内です。法人と個人の売上や経費が混在しないよう、切り替え日を決め、会計ソフトも法人用と個人用に分けましょう。

法人のインボイス登録番号は個人へ引き継げません。個人として適格請求書発行事業者になる場合は、改めて登録申請が必要です。

ステップ4:社会保険の切り替えや各種名義変更

法人の健康保険・厚生年金の資格を喪失したら、原則として14日以内に国民健康保険と国民年金への切り替えを行います。

加入条件を満たす場合は文美国保も検討できます。

銀行口座、クレジットカード、Adobe Creative Cloudなどのサブスク、サーバー、ドメイン、事務所、決済サービス、請求書、クライアントとの契約名義も変更します。法人名義の口座は個人事業用として利用できないため、個人名義または屋号付き口座を用意し、取引先へ振込先を案内しましょう。

まとめ

本記事では、法人から個人事業主へ戻る個人成りについて解説しました。

個人成りによって法人住民税や専門家報酬などの維持費を減らし、経理や税務を簡素化できる可能性があります。そのため、創作時間を確保したいクリエイターにとって、個人成りは有効な選択肢です。

一方、無限責任になること、社宅や出張日当などの制度が使えなくなること、取引や融資に影響する可能性には注意が必要です。

判断する際は、売上だけでなく、利益、税金、社会保険料、維持費、取引条件を比較しましょう。

判断に迷う場合には税理士への相談がおすすめです。田中貴久公認会計士事務所はクリエイターの法人・個人事業主からの相談・依頼の実績が豊富なので、お気軽にご相談ください。

‐免責事項‐

本サイトの内容は一般的な税務情報の提供を目的としたものであり、特定の事案に対する助言を行うものではありません。具体的な税務判断については、必ず税理士等の専門家へご相談ください。